全力日和

俳優 窪田正孝さんに前のめり

るろうに剣心 〜京都大火編/伝説の最期編〜

EAA5D8C6-A1DE-4B1D-A8FF-931697641C71.jpg

先月公開になった、るろうに剣心の続編。京都大火編に続いて今月には伝説の最期編も封切られ大ヒット。今年の実写邦画No.1は間違いない、との予測もあるようですね。

この二作目と三作目の両方に、第一作で出演した窪田さんの回想場面があり、なおかつ新撮のシーンじゃないのにエンドロールにもちゃんと名前があると聞いて、観に行ってきました。

京都大火編は、窪田さんが出た1作目からその後…といった感じで、平和に仲間と暮らしていた剣心の前に、新たな敵が現れるという内容。ただ、不殺の誓いをたてている剣心は、その敵と戦うべきかどうか葛藤します。それがかつて人斬り抜刀斎としての仕事を命じていた長州藩(今は政府)の人間からの頼みということもあり、将来のある若者(窪田正孝as清里明良)を斬り殺してしまったトラウマに苛まれるのです。

そこで出てくるのがトラウマ回想シーン。大火編では主に死に顔、最期編では写真にあるように、斬られた清里が「死ねない、大切な人がいるんだ」と剣心に斬りかかっていった辺りを中心に再現されます。

これ、面白いんですけど同じ「清里の死」というシーンで、観る側に感じさせるものが違うんですね。大火編のほうでは、ただ「人を殺めた」という剣心の後悔を描写しているのに対し、最期編では生きる執念を見せる清里から、剣心が何かパワーをもらうかのような、いままで気づかなかった「誰かのために生きる(戦う)」力が自分にもあるんだ、ということに気づく、そして立ち上がる。そんな描き方だったように思いました。

正直言うと、大火編の回想の使い方は、私好みではなかったんです。あくまで主人公都合によった感じがしたし、どこかネガティブというか、尺が短かったせいもあって「ああ、ただ斬られたんだな」というふうに見えてしまったんですね。ところが、最期編のほうでは清里(つまり窪田くん)の見せたあの演技が、映画を貫くテーマのようにも思えて、思わず涙が出てしまいました。このすがるような顔!もうホントこのシーンが大好きだよ!

2年前に観た(しかも当時沼に嵌ってない)この役が、ここへ来てこんな使われ方をするなんて。ご本人は知ってるんでしょうか。まさかと思いますが、忙しくて知らなかったらどうしよう…ない?さすがに(^^;; いつも「主役やらせろ」とか「出番増やせ」とか散々わめいている私ですが(笑)「やっぱり芝居は尺じゃない!」という思いを新たにしたところです。

ということで、胸いっぱいになって映画館を後にしたわけですが、ホント言うと、大火編で三浦涼介さんが演じた沢下条張とか…あのくらい出番のある、剣心と戦いまくる役をやってくれたらよかったなァ〜…とか、あ、すいません。やっぱり欲張ってますか(笑)

この映画の監督、大友啓史さんには「役者の度量を信頼して、お芝居に幅を持たせてくれる」監督という印象を持っています。一度この人の暑苦し目な作品に、窪田さん出てくれないかなあと常々思っていて、今回の清里の仕事ぶりが今後のビッグオファーに繋がっていかないかしらと楽しみにしているところです。

映画『るろうに剣心〜京都大火編/伝説の最期編』 現在公開中です。